pu-log’s diary

たくさんの物語と出会うことを今年の目標とする。

一人暮らしOLは休日何をしているのか

映画の話

さて、5日間の苦行から解放され楽しい土日がやってきたわけだが、地方で冴えないOLをしている平凡な女性がすることといえば、そう、死霊館シリーズの一気見である。

とはいえ、二日間でこれだけあるシリーズすべてを見るのは不可能。「死霊館」「エンフィールド事件」「死霊館のシスター」「悪魔のせいなら、無罪」の4本を視聴。
死霊館 (吹替版)
アナベル 死霊館の人形(吹替版)
死霊館 エンフィールド事件(吹替版)
アナベル 死霊人形の誕生(吹替版)
死霊館のシスター(吹替版)
ラ・ヨローナ ~泣く女~(吹替版)
アナベル 死霊博物館(吹替版)
死霊館 悪魔のせいなら、無罪。(吹替版)
死霊館のシスター 呪いの秘密

死霊館と聞いて私が連想したのは「B級」「腐った死霊」「ゾンビ」「パニック」であったが、フタをあけてみれば「悪魔憑き」「エクソシズム」「家族愛」といった正統派ホラーにふさわしいキーワードが並ぶ良作だった。

死霊館とは、アメリカの実在する超常現象専門家・ウォーレン夫妻が体験した霊的現象をベースにしたホラー映画である。夫妻のネタがあまりに濃かったものだからスピンオフを作り、さらにその中にあるネタで続編を作って死霊館ユニバース(※複数の作家が独立して作品を提供し、その作品は単独でも成立するが、プロジェクト全体のストーリー、キャラクター、または世界設定を共有しつつ発展させるという、一連の創作物からなる架空の世界のこと)なる集合体へと発展した何だかすごいシリーズ。

山のようにある(らしい)夫妻のエピソードのうち現状は3つくらいを使いまわしており、さらにしゃぶりつくすべく2023年「死霊館のシスター 呪いの秘密」というシスター編第2弾が公開された。ポルターガイスト世代としては悪魔さまを見世物にした制作陣への霊障が気がかりではあるが、そういった記述は見当たらないので何事もないのだろう。すぐに祟ろうとする日本のナーバスな心霊にも、この大陸のおおらかさを見習ってもらいたい。

簡単にあらすじを紹介する。
死霊館
郊外の家に引っ越したのち、霊現象に苦しめられることとなった一家を調査するべく夫妻が介入。たくさんの霊が関わっていることで複雑化しているが、すべてははるか昔にさかのぼる一つの出来事が原因だった。時代設定が1970年代ということもあり、レトロかわいい女の子を見るのも楽しい。
「エンフィールド事件」
史上最長期間続いたポルターガイスト事件に悪魔の関与があったという設定で、このたび観た中で最もエクソシズムを感じる作品。クライマックスで「お前の名前を知っている」と悪魔に啖呵を切るロレインに惚れてまうので、どれか1作品と言われれば今作を推す。
死霊館のシスター
エンフィールド事件を起こした悪魔のルーツを過去にさかのぼり見ていくもの。他の作品とは傾向が異なるファンタジーホラーであるが、エンフィールドに繋がる伏線もあり、エンタメとしてよくできている。次々人が死んでいったりあからさまに凄惨な描写があったりするところも、他の作品では見られない特徴。
「悪魔のせいなら、無罪」
ミステリ色が強く、直接夫妻も狙われるスリリングな内容。

視聴レビューが高評価なのは宗教が身近な海外やわが国の厨二が大好きな悪魔祓いを題材としているからなのはもちろん、被害者たちを救いたい、ただその一心で危険を顧みず行動している主人公のウォーレン夫妻が魅力的だからだろう。

この二人、人前でチュッチュチュッチュとおっ始めるお熱い夫婦なわけだが、カトリック教会が唯一公認した非聖職者の心霊研究家、という肩書を持つ夫のエドが表番なら、裏番は霊視能力を持つ妻のロレインである。彼女がなかなかのおてんば娘で、機械を使って地道に調査を進めるエドを尻目に、大人しそうな顔してあの子すごいんだから、というのがまさに当てはまる破天荒ぶりを見せてくれる。ここに出なければどこに出る、というくらいには霊が確実に出現するであろう隠し通路を一人で探検したり、ドブネズミが群れをなして生活している軒下を病気の心配もせず平気で散策したり、悪霊の視界ジャックにいたってはレッドゾーンまでのぞき見をしないと気が済まない性分が災いし、最終的に危険になって「ああ、あああ」と騒ぎ立てるまでがお約束なのだと遅ればせながら2作目で気が付いた。虎穴に入らずんば虎子を得ず、とはいえシリーズが進むにつれ気苦労の多いエドのおでこが広くなっているのは気のせいではない。

真面目な話をすると、実話ベースということが頭にあったからか、除霊におけるスタンスが気になる場面もあった。特に、悪魔祓いにカトリック教会の許可が必要であったり、お祓い自体も協会認定のエクソシストが行わなければならなかったりするこだわりには、教会が持つ権力の強さが透けて見えて少しもやっとした。問題を除去できるのであれば誰でもかまわない日本と決定的に違うところだ。2次元の架空世界であれば歓迎の設定でも、現実として実感するのは気分のよいものではない。やれ多様性だポリコレだと騒いでいる国のわりに、歴史的に見ても不寛容そのものの宗教がよく根付いたもんだな、と思う。

私は仕事柄、神父や牧師に関わることが一般人よりは多い。その方たちにエクソシズムについての考えを聞けるチャンスはまだ巡ってこないが、8月にお会いした際、お盆について聞いたことがある。教会では11月がそれにあたる月で、そのときももちろん行事はするのだが、日本にいるときは日本のしきたりに合わせるそうだ。仏教徒(一応私)がカトリック式の葬儀では祈りを捧げ、聖歌を歌うように、大人の対応をするということである。重ねて言うが、これは思いやりを美徳とする日本の話なので、自己主張の激しい海外ではどうなのかわからない。ただ、遠藤周作の小説で「踏みにじりなさい」とイエス様が言っているように、意地を通すことが信仰ではないと私は思う。

話が脱線してきたところで終わりにする。土日二日間アマプラ観るしかやることがないってのは、きっと幸せなことなんだろうな。