pu-log’s diary

たくさんの物語と出会うことを今年の目標とする。

山田風太郎「忍法帖」シリーズ簡単あらすじと感想(長編)

山田風太郎先生の傑作シリーズである忍法帖は、官能、恋愛、SF、ユーモア、etc、いろんな要素を取り入れつつ史実とフィクションを融合したエンターテイメント作品です。まったく古臭さを感じさせず、時代小説が苦手な人でも楽しめます。

■簡単なあらすじと読書感想。
■1冊完結。どれから読んでも大丈夫。

史実に沿って読み進めたい方は下記参照。
忍法帖シリーズ - Wikipedia

●更新メモ
200317 たぶん開始
211004 アメブロでの更新停止
211012 はてなブログへの移設完了
220214 海鳴り忍法帖 追加
220315 くノ一紅騎兵 編集中
220421 次回更新未定。
230125 くノ一紅騎兵 追加
230221 画像省略・短編を別ページに移動
240217 魔天忍法帖追加

甲賀忍法帖(1614年:江戸幕府2代将軍秀忠のころ)

徳川の後継ぎ問題に巻き込まれた甲賀(国千代派)と伊賀(竹千代派)が、命を賭した忍術合戦を繰り広げる。
甲賀忍法帖 山田風太郎忍法帖(1) (講談社文庫)
忍法帖1作目。漫画『バジリスク』の原作として有名。あとがきで浅田次郎氏が「小説好きの読者が、自分が読みたい小説をおのれで書いた」と言っているとおり、型破りな発想から生み出される忍術は忍法なんだか特異体質なんだか、もはや飛び出せビックリ人間大集合。読み手をあおるような講談調の文体と、それぞれの里で連綿と受け継がれてきた必殺の忍術が最高に盛り上げてくれる。

風忍者のお披露目ということもあり、忍者や忍術にスポットをあてたこの作品は、史実に沿ったストーリー展開をする以降の忍法帖とは少し作風が異なる。

【コミカライズ作品】
もはや原作より有名になった漫画化の大成功例。シスコン如月左衛門を生み出してくださったせがわ神に五体投地で御礼申し上げ候。
バジリスク 甲賀忍法帖 コミック 全5巻 完結セット (ヤンマガKC)

続編と言っていいのか、原作に風太郎の名はなし。キャラクターだけ借用したオリジナル作品のよう。
バジリスク ~桜花忍法帖~(1) (ヤングマガジンコミックス)

  

江戸忍法帖(1700年:江戸幕府5代将軍綱吉のころ)

忍法帖2作目。子どもがいないと思われていた前将軍・家綱の子が存在していた。その名は葵悠太郎。名乗り出たら六代将軍たる人物だが、それを良しとしない5代綱吉の側近・柳沢吉保が、甲賀衆に暗殺を命じる。
江戸忍法帖 (角川文庫)
忍法帖をどのような作品にしたいのか、作者自身も試行錯誤中だったのだろう、よくある話で、普通っちゃ普通。結末がはっきりしている勧善懲悪の物語が好きな人におすすめ。忍法帖シリーズを読破したいのでなければ他の作品を読んだほうがいい。

  

軍艦忍法帖(1868年:幕末、明治のはじまり)※飛騨忍法帖改題

シリーズの原型が出来上がった3作目。明治維新に沿って物語が進んでいく今作は、もちろん新選組好きの方におすすめ。
軍艦忍法帖 (角川文庫)
まず、史実説明が多い。ある程度知っていたら飛ばしても問題ない。幕末を舞台とした小説あるあるとはいえ、なぜに皆さんそげなに説明したがるのか。確かに日本史史上トップクラスの大事件ではある。しかし、岡田以蔵(今作ではチョイ役)くらいしか興味がない身としては、たびたびの大幅な寄り道にため息、なかなか進まないメインストーリーに少々疲れてしまった。

主人公・丞馬の幻法はシリーズでも最高峰の威力を持ち、見せ場は最高にエキサイティング。一人でいくつもの術を操り、複数の敵をものともしない圧倒的な強さが気持ちいい。性格的にクセのある登場人物ばかりで共感はできないが、丞馬の一途さに忠義や誠を感じたり、お美也の心情が時代の流れとリンクしているようであったり、エンタメ作品としての完成度はすごく高いと感じた。
 

  

くノ一忍法帖(1615年:豊臣家滅亡)

お待ちどうさま、4作目にきて山風スケベ忍法爆誕
くノ一忍法帖 山田風太郎忍法帖(5) (講談社文庫)
大坂夏の陣のあと、もしも秀頼の血筋が残っていたなら、という設定。くノ一と聞いて連想するハレンチなイメージを裏切ることなく、男と女の命をかけた性なる戦いが繰り広げられる。

どこをどうしたらこんな突拍子もないことを思いつくのだろうか。奇才の奔放な想像力に驚かされるやら、あきれるやら。もちろん彼らは真剣に戦っている。しかし、眼前に広がる光景はいき過ぎたお色気ギャグなのだ。

スケベを論理的に説明することにより下衆な印象を持たせず、シリアスな笑いとした風太郎先生。多様な知識と確かな技量を持つ風太郎先生でなければ、この真面目にふざけた傑作を生み出すことはできなかっただろう。でも正直、スケベを納得させるために知恵をめぐらせた結果という気がしてならないのだが、正直どうなんですか先生。

徳川に与する男忍者の魅了術、妊娠中の真田くノ一が仕掛ける幻惑術、私たちの既成概念を破壊し、文学界やアダルト界隈に大きく影響を与えた物語。くノ一を題材としたお色気モノのルーツを知りたいなら、ぜひ手に取ってほしい。
 

  

外道忍法帖(1650年)

外道忍法帖 (角川文庫)
キリシタンの隠し財宝をめぐり、天草伊賀忍者15名vs甲賀忍者15名vsキリシタン娘15名(大友忍者)の命を懸けた争奪戦が始まる。

隠し財宝のありかを徐々に解き明かす謎かけ要素もあるが、やはり本命は壮絶な忍法勝負。甲賀忍法帖では衝撃だった主要キャラたちがバタバタと死んでいくさまも、総勢45名となるともはやバーゲンセール。登場人物の名前? 覚えなくていい。

ほぼほぼ戦っているので、『甲賀忍法帖』が好きな方や忍法合戦が見たい方におすすめ。『沈黙』を読んでいれば、沢野忠庵ことフェレイラの怪人ぶりもギャップがあっておもしろい。

  

忍者月影抄(1732年:8代将軍吉宗の時代)

質素倹約、財政改革をかかげ享保の改革を推進する将軍・吉宗。彼の過去を知る尾張藩主・宗春は、甲賀卍谷衆と尾張柳生に吉宗が将軍職になる以前、遊び捨てた女を探すよう命ずる。過去が露見するのを阻止したい吉宗は御庭番である伊賀鍔隠れ衆と江戸柳生を招集した。
忍者月影抄 忍法帖 (角川文庫)
背筋が寒くなる物語だった。罪もない一般人相手に、陰湿な忍術が使われていくのである。精神系や幻覚系で気を狂わせるのはまだ救いがあるほうで、体内蟲や感染術の犠牲になった者の最後は悲惨の一言、生きながらチゲ鍋になる。今作は忍者の本質である「非情」であったり、恐怖に焦点を当てて描かれているように感じた。忍者たちの雇い主である吉宗と宗春も二面性を持っていて闇深いし、終わり方も薄気味悪い。グロテスクで残酷で猟奇的、そんな物語を嗜好する方々におすすめできる忍法帖だった。
 

  

忍法忠臣蔵(1702年 赤穂事件)

7作目はタイトル通り、忠臣蔵。史実と深く結びついて展開していく点は2作目の『軍艦忍法帖』と類似しているが、今作は赤穂事件そのものが忍法帖の題材となっているため、忠臣蔵に興味がなくとも史実説明をすっとばすことはできない。
忍法忠臣蔵 忍法帖 (角川文庫)
物語に重きを置いた本作は、能登くノ一の官能忍術と少しだけ殺傷忍術が登場するだけで、忍法合戦はない。一応主人公はいるが、赤穂浪士を堕落させるために動くくノ一たちの監視係として姿を隠しており、忍者というより隠密と言うほうがしっくりくる。この主人公、伊賀で修業した鬼強い忍者ながら性格的に難があり、自分を袖にする女がいたら、解体して刺身にする。自分の嫌いな発言をした女も刺身にする。つまり、いろいろと「こじらせた人」である。思い込みが激しくてかなり歪んでしまっているし、登場回数が少なくて逆によかったかもしれない。

男前な山風のくノ一が活躍する話は嫌いではないが、いかんせん歴史にうとすぎた。忠臣蔵をご存じの方であれば、あの出来事の裏にはこんなドラマがあったのかも、と歴史の「もしも」を想像する楽しさがあるはず。表紙に主人公がいないあたりも、史実中心の今作を的確に表現していると思う。 

  

風来忍法帖(1590年:北条氏の滅亡)

風来忍法帖 (角川文庫 緑 356-10)
9作目の舞台は三成が水攻めをしても落とせなかった忍(おし)城。主役となるのは香具師(やし)と呼ばれる物売りたち。女は売ってナンボ、人は騙してナンボ、自分たちが楽しければそれでいいと、自由気ままに生きている連中だ。間違いなく人でなしなのに、あっけらかんと開き直っているせいか、愛嬌があって憎めないところがやっかいでもある。そんな彼らが忍城を守る姫ただ一人のために、凄まじい強さを持つ風摩忍者に戦いを挑む。表紙をご覧あれ、どこから見ても村人Aの彼らがだ。

非力な者が圧倒的強者に対抗するにはどうすればよいのか。答えは、知恵と勇気と友情だ。そう、この作品からは私たちが愛してやまない少年漫画の要素が感じられるのだ。計略を巡らし、後先考えず突っ込み、仲間と力を合わせて勝利をもぎとる、そんな下剋上バトルにワクワクしたあとは、当然忍法帖のお約束が訪れるのだが。

忍法帖が忍術合戦だけの作品ではないことを実感できる、ドラマティックな物語だった。笑いあり、涙あり、すっとんきょうなスケベありで、700ページの長編ながらあっという間に読み終えることができた。悪ガキたちの命を懸けた一世一代の勇士、お見事なり。 

  

柳生忍法帖(1642年・会津騒動)

会津藩主・加藤明成と会津七本槍と呼ばれる芦名一族に、非道な仕打ちで家族を殺された女たち。敵討ちをするべく助力を求めたのは、隻眼の剣豪・柳生十兵衛だった。
柳生忍法帖 山田風太郎ベストコレクション【上下 合本版】 (角川文庫)
十兵衛三部作のうちの一作。10作目に忍者が登場しないのは、同じ時期、同じ掲載誌で池波正太郎氏が忍者を扱っていたので、登場させないでほしいと注文がはいったからだそう。

非力な女性を勝たせるための戦略や知略が面白い作品。破格の実力を持つ十兵衛のサポートのもと七本槍を一人ずつ倒し、精神的にも追い詰めていく女たち。命をかけて本懐を遂げさせようとする多くの助力があったからこそ、なし得た復讐だった。

この話、そもそもが千姫様の女人の手で裁きを下したいというこだわりから始まったわけだが、素直に十兵衛が戦っていたら1/4のボリュームで終わる話である。つまり、上下2巻になったのは千姫様のワガママなのだ。私はこのワガママに心から感謝申し上げたい。柳生十兵衛というカリスマの活躍を1冊で終わらせるなんて、もったいないにもほどがある。

特殊な体術の使い手である会津七本槍七本槍と言いつつ武器で槍を使うのは一人だけ、ほかは独自の武器を使ったり怪力の持ち主であったり、複雑な戦いに文字だけでは想像が追いつかない場面もあった。私と同じような方はせがわ神に助けを借りてほしい。ほぼ原作に忠実なので違和感はないし、描写が足りない部分を少しだけ補完もしてくれる。
Y十M(ワイじゅうエム)~柳生忍法帖~(1) (ヤングマガジンコミックス)

騙し合いや人質救出、逃走しながらの戦闘など、手に汗握る一進一退の攻防は見せ場もたくさんあり、忍法帖の中でもエンターテイメント性の高い物語だった。忍法が登場しない忍法帖なんてお呼びでない、ということでなければ超おすすめ。
 

  

忍法八犬伝(1613年・大坂の陣直前)

幕府大老・本多佐渡守の策略にあい、危機に陥った里見家。盗まれた8つの宝珠をめぐり、甲賀vs伊賀の忍法合戦が幕を開ける。
忍法八犬伝 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)
大久保につながるものを根こそぎ始末しようとする本多の執念深さにはおそれ入る。11作目は南総里見八犬伝をベースにした忍法帖だ。目的が殺し合いではなくお宝奪還だからか、甲賀忍法帖より今作のほうが仲間との共闘を意識したチーム戦として見ごたえがあった。敵を同じ土俵に上げるためだけに無謀な討ち入りをしたり、味方を逃がすために囮となったり、今作の主人公たちは自己犠牲の精神で命を落としていく。

八犬士の使命なんて知ったことかと自由気ままに生きてきた彼らが、里見の姫のためなら命を捨てることすらいとわない、同じく姫を護るためにボンクラたちが命をかけた『風来忍法帖』が好きな方に特におすすめする。どこから読んでも大丈夫なシリーズながら、このあとに初期作品を読むと人情味の薄さに違和感を覚えるかもしれない。

それにしても先生、実は甲賀組をひいきしていやしませんかい。

【コミカライズ】
作画はさまざまなエロスを希求し続ける山口譲司先生。おキレイな絵と山風忍法帖のシンクロ率は400%。絵があると忍術のイメージもつけやすい。
エイトドッグス 忍法八犬伝 (1) (SPコミックス)

  

自来也忍法帖(1836年:11代将軍・徳川家斉のころ)

伊勢藩乗っ取りを企む伊賀忍者を阻止すべく、藩主の娘・鞠姫と、謎の忍者・自来也がくノ一相手に大立ち回り。
自来也忍法帖 (角川文庫)
忍法帖13作目は、何とラブコメである。いつも通りのケシカラン忍術を仕掛けてくるくノ一と、快刀乱麻の活躍を見せてくれる自来也、鞠姫と石五郎のコミカルなやり取りにくすっとなるなど、テンポよく緩急がつけられていて読み疲れもなし。男女問わず楽しめる痛快なお話だ。

ヒロインがピンチになると謎の紳士がさっそうと現れる、なんて少女趣味なのは好きじゃないと思っていた。思っていたのに、私の中の乙女がうずく。もういいか、はっきり言おう。自来也様かっこいいイケメンすぎです惚れました付き合って下さい。ますらお万歳な忍法帖で、こんな大人の色気だだ洩れの紳士に出会えるなんて、誰が想像できようか。風太郎先生の気の迷いだろうが何だろうがかまわない、とにかく自来也様が好みのタイプすぎて、私は匂いをかぎたい。

真剣に、私は今作をときめくことが大好きなレディたちに激推ししたい。鞠姫のかわいらしさと自来也の男前ぶりを、ぜひ多くの方に見ていただきたい。すがすがしいハッピーエンドのその先も見守りたくなるほど、二人が大好きなんだ。
 

  

魔天忍法帖

魔天忍法帖 (1980年) (徳間文庫)
14作目は伊賀忍者・鶉平太郎が初代・服部半蔵に導かれる形で過去にタイムスリップするSFである。もちろん、ただの時間旅行でははい。彼らがたどり着いた場所は大阪夏の陣の頃の、激しく燃え上がっている江戸城前、捉えられたのは家康、寄せ手の総大将は石田三成である。つまり、私たちが知っている歴史とは微妙に異なるパラレルワールド世界へと到着してしまったのだ。そこから歴史に名を連ねる名将たちが登場するのだが、その関係性も史実と異なり、歴史に詳しい人ほど混乱する内容となっている。

大胆な発想で歴史を二次創作し、主命に殉ずる忍者たちのひたむきさを描いているのはよかった。すべての感動を台無しにする鶉平太郎さえいなければ。戦国の誇り高き忍者たちと比べ、太平の忍者たる平太郎のなさけないことといったら。でも、忍者に限らず、時代と共に変わってしまった人々の正直な姿が彼なのかもしれない。
 

  

魔界転生(1638~1650ころ)

※おぼろ忍法帖改題
魔界転生 山田風太郎ベストコレクション【上下 合本版】 (角川文庫) 
柳生三部作の2作目。あの十兵衛が、向かうところ敵なしだった十兵衛が、焦り、悩み、葛藤し、打ちのめされる。さまざまな苦難に狼狽える姿も人間臭くて魅力的、何より私は弱っている男が大好きだ。ますます彼のファンになった。

キリシタン追放を徹底した将軍・家光への怨みが事の発端。島原の乱を生き延びた森 宗意軒が、御三家の一つ・紀州徳川頼宣をかつぎだし、幕府転覆を企てた。とあることから藩主がそそのかされていることを知った忠臣・木村助九郎は、魔人たちに追われながらも馬を走らせ、剣術の師範である宗矩の息子・十兵衛に助けを求める。

前作では人間離れしたキチクどもを相手に余裕すら見せた十兵衛だが、今作は人間をやめて魔人化した武人、しかも歴史に名を遺すほどの猛者たちが相手とあって、苦しい戦いを強いられる。卑怯とも思える罠を仕掛けたり、運任せであったり、味方の援護ありきの場面が多く、強者を凌駕する強者を描いた前作のようなカタルシスは得られなかった。

それでも今作はまぎれもなく、忍法帖の最高傑作である。忍法帖がどのような作品なのかと問われたら、この作品だと答えるほどに。

数十年におよぶ壮大な復讐物語に、島原からのちの慶安の変まで史実を関連付けるすり合わせの巧みさ、史上最強の剣豪で組んだバトルデッキを要する敵と、男も惚れる男・柳生十兵衛三厳という強さと優しさといい加減さを兼ね備えたヒーロー、ズッコケ柳生十人衆たちの命をかけた献身と、一族のために躊躇なく捨て石となる根来忍者たち、タイトルでもある忍法・魔界転生をはじめとした、お色気要素。もちろん、美女に生まれたら死を覚悟したほうがいいというくらいイイ女の消費も激しい。

忍法帖のすべてがギュッと濃縮されている2作目は何度も映画化やコミカライズをされているが、読み終わった今、やはり原作を超えるものはないのだと確信した。

史実面で気になり魔人たちの没年をwiki調べしたところ、荒木又右衛門1638年 宮本武蔵1645年 柳生宗矩1646年 宝蔵院胤舜1648 柳生利厳尾張柳生)1650。うーん、すごい。

【コミカライズ】
安心安全せがわ神の作品。時代にそぐわぬ奇天烈な見た目により、魔人たちの邪悪さが増し増しになっている。「一見して妖艶、再見して邪悪」と言わしめた四郎は必見。
十 ~忍法魔界転生~(1) (ヤングマガジンコミックス)
原作ファンの人気が高いのは、とみ新蔵バージョン。だが電子化されていないため現在は中古しかない。
魔界転生 上 ワイド版 SPコミックス

【映画】
やっぱりジュリーの天草四郎
魔界転生(1981年)

  

伊賀忍法帖(1562年)

忍法帖16作目は、妻を殺された伊賀忍者・城太郎(所帯持ち)の復讐劇。関わる歴史上の人物は、悪人として語られることの多い松永弾正。
伊賀忍法帖 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)
さて、今作は目的や善悪がきっちりしていて、展開は王道でシリアス。僧侶というにはド外道すぎる根来忍者を相手に孤軍奮闘する城太郎を、少年漫画の主人公のごとく熱く描いている。とにかくまっすぐな気性は読んでいて気持ちいいが、それゆえに妻と同じ顔をした右京太夫(人妻)と惹かれ合うロマンスがクサすぎた。見ているほうがこっ恥ずかしくて正視できない場面もしばしば。

この作品で果心居士が根来に忍法を伝えたことになっているので、今シリーズの根来僧が誕生した記念作とも言える。いつもどおりの奇抜な官能忍術ももちろんある。
 

  

忍びの卍(1632年徳川家光・忠長)

忍法帖17作目。ああ、これはいかん。
忍びの卍 山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)
まさか忍法帖で泣かされる日がくるとは思わなんだ。最初と最後で登場人物たちの印象が180度変わるんだもの。

根来、伊賀、甲賀の争いに巻き込まれる形で登場する、今作の最重要人物・第三代将軍家光の弟・忠長(駿河大納言)。彼が徳の高い聡明な人物として描かれているところに、史実をするどく読み解く風太郎先生らしさを感じた。後世に伝わっている彼の奇行は、幕府の行為を正当化するために作られた虚偽の歴史なのかもしれない、そんな想像にすら繋がる物語だった。

官能術を駆使した謀略で少々飽きを感じても、絶対にラストまで読みきってほしい。自身の忠義に殉じた椎ノ葉刀馬と「忍」に殉じた忍者たちが心に何を抱いていたのか、考えるほどに憐れでやりきれなくなる。 忍者が自由を選択する『双頭の鷲』は、この作品の後に読むべきだったと後悔したほど、深い悲しみが残る忍法帖だった。
 

  

笑い陰陽師1839年

「失礼、あなた悩んでおられませんか」道端で大道易者(今で言うところの占い師)稼業を営む甲賀、伊賀出身の果心堂・お狛夫婦。知恵と相伝された忍術を駆使し、人々の抱える不安や不満をまるっと解決する、かも?
忍法笑い陰陽師 忍法帖 (角川文庫)
誰も死なない、肩の力を抜いて楽しめる忍法帖がこちら。連作短編で、風太郎先生が描きたいテーマを忍法帖に落とし込んでいる、と言えばいいのか、1話目は男女の性における価値観の違い、2話目はすべてを持っている男は不幸たりうるのか、といった感じ。関わってくる歴史上の人物は国定忠治

忍法は確かに登場するが、果心堂が使用する忍術は主におシモ関係の益体もないものばかりで、つまり小学生が大好きなやつである。まったく、ご先祖様は心血を注いで何を研究していたのだ。まあ平和な時代に必要なのは殺傷能力より繁殖能力、先見の明があったのだろう、そういうことにしておこう。果心堂がバカをやってお狛がしっかりまとめるというのも、風太郎先生が理想とする夫婦の在り方なのかもしれない。

ちなみに、『自来也忍法帖』ですでに忍者は衰退の一途をたどっていたと考えると、このころ抜け忍は当たり前になっていると想像できる。甲賀と伊賀、おとがめなしで夫婦になれる時代がくるのだと、1作目の弦之介に教えてあげたい。
 

  

忍法剣士伝(1576:織田信長伊勢国攻め・北畠具教殺害)

なんで表紙デザイン変えちゃったの?
忍法剣士伝 忍法帖 (角川文庫)
歴史に名を残す剣豪たちが、果心居士により魔性と化した姫を手に入れるため、血眼になって戦い合う。主人公・京馬は逃げの一手で、忍法はほぼなし。京馬と旗姫の登場が少ないこともあり、感情移入が難しくて私はちょっと退屈だった。つらつら述べられる偉人たちの逸話と、ドリームマッチを楽しみたい方におすすめ。 忍法帖では貴重な希望が見えるハッピーエンドである。

果心居士の幻術が唯一通じなかった上泉伊勢守との因縁がほんの少しだけ語られる。本当に微々たるものだが、シリーズ読まれるのであれば先に『伊賀忍法帖』をどうぞ。そのときに予言していた15年後がこの作品となる。細かいところまで気を配られた史実とのつじつま合わせには毎度感服する。
【コミカライズ】
貼るだけはっておこう。
忍法剣士伝 1巻
 

  

銀河忍法帖(1612年:甲賀忍法帖と近い徳川江戸幕府初期のころ)※天の川を斬る改題

銀河忍法帖 (角川文庫)
20作目は本多佐渡から粘着されている江戸幕府旗本・大久保長安が敵ボスとしていよいよ登場する。

その長安は先進的な思考の持ち主として西洋の技術力に傾倒しており、応用の利かない忍術を旧時代の技術として否定している設定。よって、今作の忍者衆は科学の有用性をアピールするための噛ませである。彼らが技を習得するに至った壮絶な過去(ほぼ女がらみ)が重々しく語られたのち、近代兵器を使う非力な女性にあっさり敗れる姿には悲哀しかない。

飽きるヒマもない濃厚な物語、サイコな大ボス・長安は続編に登場させるほど個性的、長安ガールズの化学兵器を一目見ただけで使いこなしてしまうなど、驚異の戦闘センスを持つ主人公・六文銭佐渡金山の坑道という地形を生かした1対複数の攻防戦、ワクワクする要素がこれでもかと詰まっている。つまりスキのない傑作。忍法帖にハマりたいなら最初に手に取る1冊目として選んでほしい。

六文銭の正体は、最後の最後に明かされる。軽いノリの三枚目キャラからは想像もつかない荘厳なラストに衝撃を受けた。 

  

忍法封印いま破る(1613年:銀河忍法帖の続編)

忍法封印いま破る 忍法帖 (角川文庫)
22作目。『銀河忍法帖』でぶいぶいいわせていた石見守長安が死期を悟り、自分の本当の子孫を残すべく甲賀の女たちを孕ませる。続編とあるが関わりがあるのは石見守だけなので、前作を読んでいなくても問題はない。

今作のテーマは親子とか母性。良作ではあるものの、忍法帖に興味を持った人が期待する内容とは違うという点で、最初に手に取る1冊には向いていない。主人公・おげ丸の忍法が終盤まで封じられているうえ、追手が使う忍術も探索系や操作系がメインにつき、はっきり言って地味なのだ。

しかし、今作だってまぎれもなく「死に候え」の忍法帖である。中盤まで続くゆったりとした空気は、シリーズ屈指の悲壮なクライマックスへの布石にすぎない。最後の最後に解放されるおげ丸の圧倒的な強さと、彼らの旅路の果てをぜひ見届けてほしい。
 

  

忍者黒白草紙(1841年:天保の改革)※天保忍法帖改題

忍者黒白草紙 (角川文庫)
天保の改革」を成功させるため、主導者である鳥居甲斐守耀蔵の命を受け暗躍する箒天四郎と、そんなことに加担はできないと決別を選んだ塵ノ辻空也。二人の伊賀者を通じて描かれる幕府再興の肝入り政策は、「罪がないなら作ればよい」という滅茶苦茶なものだった。

正義の名のもと遂行される一方的な圧力に戸惑いつつも、大義のためと自身に言い聞かせ使命を果たしていく天四郎。ひたすらに忍びとして生きてきた彼の気持ちも理解できるだけに、信念が揺らぎ始める終盤は読み進めるのがしんどかった。権力のある人間が正義の鉄鞭をふるうと、とんでもないことが起こるという空也のセリフが風太郎先生のお心だろうか。

万が一にもないとは思うが、忍法帖で読書感想文を書くなら善悪の在り方を問うこの作品をおすすめする。

【コミカライズ】
実は小説より先に読んでいた。うーん、すけべしか思い出せない汗。
アイゼンファウスト 天保忍者伝(1) (MiChao!コミックス)

  

忍法双頭の鷲(1680:四代から五代綱吉のころ)※妖の忍法帖改題

忍法双頭の鷲 (1980年) (角川文庫)
大老の交代と共に、伊賀組にかわり公儀隠密となった根来衆。当面の任務は不穏な噂のある諸藩に潜入し、内情を調査することであった。首領の指示のもと、根来の若き忍者・秦漣四郎と吹矢城助は真実を見定めるため各地に赴く。

24作目は厨二心をくすぐるタイトルに改題して正解。とてもおもしろかった。人間ドラマに重きを置いており派手な忍法合戦はないものの、各藩で起こる珍事の結末を知るたび苦悩し、忍びに徹しきれない彼らの姿に共感できるのだ。

連作短編で読みやすいし、忍法帖では貴重なハッピーエンドだし、何より今作の根来忍者たちはみんな人間的。頭領が隠密を捨てて逃げろと言うなんて、甲賀忍法帖で死ね死ね言われていた忍者たちが聞いたらどう思うだろう。

忍法帖の終劇まであと少しというところで、山風忍者たちの成長をしみじみと感じることができた。バディものが好きな方へ超、超! おすすめしたい。丁寧に描かれた秦漣四郎と城助の絆の深さに胸が熱くなる。

 

海鳴り忍法帖(1569:足利義輝の死亡と信長による堺支配のはじまり)

足利義輝の御台・夕子の方を欲する松永弾正に、武器発明の天才・ミカエル厨子丸が立ち向かう。
海鳴り忍法帖 (角川文庫)
近代兵器と忍術の殴り合いは「軍艦」「銀河」とあったが、兵器を使うのはいずれも敵方だった。今作はその逆である。

弾正の命令により何万といる根来忍者たちが集結した堺、それぞれ修行によって身につけた芸達者な忍術で町を攻め落とそうとするが、それを披露する間もなく厨子丸が作り出した地雷、大砲、手榴弾といった大量破壊兵器の前に儚く散っていく。合戦ではなく、一方的な殺戮である。対個人では負け知らずの忍者たちも、戦争の前では無力だった。

鉄砲の普及による時代の転換とともに遺物と化す忍者たち。厨子丸に引導を渡す信長は大六天魔王という名にふさわしい恐怖の象徴として登場する。シリーズの締めくくりとして、これ以上ないお膳立てである。時代選択と舞台設定がすばらしい物語だった。

wikiによると、長編作品はこのあとの「創世記」をもって終幕となる。この作品は、できれば最後の最後で手に取ってもらいたい。忍者たちの悲喜こもごもや作風が変化していく流れを感じたあとのほうが、感慨深さも増し増しになるだろう。

もともと根来忍者たちは物理寄りなこともあり、術と呼べるものは少ししか登場しない忍法帖だった。美貌の厨子丸に運命を狂わされた女たちの献身に合掌。