pu-log’s diary

たくさんの物語と出会うことを今年の目標とする。

小説感想まとめ 2019年5月

2019年5月に読んだ本の感想転載。

水に似た感情/中島らも(1996/9)

水に似た感情 (集英社文庫)
中島らもが亡くなってからもう15年ですか。主人公はアル中、躁鬱もちの作家・モンク。基本ノンフィクションとのことなので、モンクはおそらく著者自身。あとがきによると序盤は躁状態のときに書かれたとのことだが、文章自体はしっかりしているし言われなければ気づかない。自由だな、とは確かに思った。中盤にある躁状態モンクの無敵ぶりが実体験によるものと考えると、序盤の自由っぷりも納得できる。らもさんのバリ島愛を感じる1冊だった。

 

鼻/曽根圭介(2007/11)

鼻 (角川ホラー文庫)
unlimitedでダウンロードしたまま放置していた本。高評価であることは知っていたものの、表紙にそそられなくて後回し後回しになってしまった。世にも奇妙な物語系の短編が3作収録されていて、どれもおもしろかった。慣用句の「株が上がる」に着想を得たであろう「暴落」、「受難」は意思伝達がうまくいかない状況を絶望的に描いていて、嫌な気分になった。第14回日本ホラー小説大賞短編賞受賞作「鼻」、私は好きですこういうたぐいの小説。

 

魚籃観音記/筒井康隆(2000年)

魚籃観音記(新潮文庫)
魚籃観音記」は西遊記を元にしたポルノ小説。孫悟空と観音様の秘め事が、微に入り細にわたってずびずばずぼ。あなたたちはこういったスケベなパロディお好きざましょ? という天の声が聞こえた人、つまりこの本を買うほとんどの人(私を含め)が本作目当てだろう。ほか、とっぴょうしもない設定の喜劇作品がいくつか収録されていたが、筒井流のユーモアは私との相性が悪かった。「建物の横の路地には」のような幻想的な雰囲気の物語は好きなんだけどね。

 

二度はゆけぬ町の地図/西村賢太(2007/11/1)

二度はゆけぬ町の地図 (角川文庫)
社会の底を歩いてきた西村さんの私小説。著者の分身・北町寛多が、日雇い仕事で糊口を凌ぎ生活していた日々の出来事が綴られている。芥川賞受賞式で発したコメントが話題になったが、飾らない、偽らない姿は小説にも見てとれる。自己中心的な寛多は誰が見てもどうしようもない人間なのに、憎めないのは生い立ちもろもろ受け入れて生きていこうとしているからか。文学には真摯に向き合っている方だし、20%くらいは自虐を盛っていると思いたい。昔、「苦役列車」を読んだときは何も感じなかったけれど、いま改めて好きな作家の一人になった。芥川賞とれて本当によかったね。

 

Blue/葉真中顕(2019/4/17)

Blue(ブルー) (光文社文庫)
元号が変わるタイミングで出版された本らしく、平成時代を俯瞰しながら一家惨殺事件の真相を追っていく。平成初期の忘れていた出来事から、比較的最近の高級住宅街に児童福祉施設がうんぬんの問題までドラマに組み込んであり、物語を身近に感じながらおもしろく読めた。だが、平成史を織り込む分テンポが悪くなるのか話に乗り切れず、残念ながら没頭はできなかった。虐待問題つながりで「絶叫」の奥貫綾乃が再登場したが、今作てシリーズものじゃないよね。平成といえば女性が躍進した時代だし、それなら彼女よりは男性の先輩をもやり込める司(藤崎の娘)が活躍する姿をもっと見せてもらいたかった。

 

約束の森/沢木冬吾(2012/3/1)

約束の森 (角川文庫)
イヌが活躍するなら勝確っしょ、てなもんで当然おもしろかった。ある作戦のため他人同士が家族のフリをして暮らしていくところから話は始まる。イヌのマクナイトがかっこいいのはもちろん、父親役の元公安主人公が闘うオジサンで無条件に推せた。ケンカで若者を圧倒したり銃を持つ敵の包囲を突破したり、無双っぷりが気持ちいいんだ。ドーベルマンのマクナイト含め、本当の家族として気持が通じ合っていく過程も丁寧に描かれていたし、いい物語だった。深く考えていないことは「それは言えない」で済ませていても、エンタメだしね、いいのいいの。ふみの子どもとか隼人のその後とか気になるし、(無理だろうけど)続編希望。

 

ソウルメイト/馳星周(2013/6)

ソウルメイト (集英社文庫)
表紙は馳さんがいっしょに暮らしていたワルテルくんかな。チワワやシェパードなど7犬種と、心にスキマを抱える人間との関わりを優しく描いている。犬をソウルメイトと呼ぶ人が書いているんだから、まあ泣くよね。犬と暮らしたことのない方は「犬が思っていることの描写はあくまで人間の想像だし、都合のいいファンタジーでしょ」と言われるだろうが、私たちにはわかるのです(真顔)。犬と暮らした経験がある人ほど心に沁みる物語だし、これから犬を家族に迎えようとしている人に、一緒に暮らすにあたっての接し方や心構え、犬を看取るということまで知ってもらうのにもいい本だと思う。

 

世にも危険な医療の世界史(2019/4/18)

世にも危険な医療の世界史 (文春e-book)
科学を知らない時代の医療、おそるべきタイトルどおり、中世の科学的な根拠をもたない医療についての歴史。薬の写真や挿絵もほどよく入っているし、皮肉を交えたツッコミが随所にあって気楽に読めたが、文庫で安くなってからでもよかったかな。具合が悪くなったらとりあえず(上から下から)出しておけ、というのは現代でも通じるところがあると思うが、なんせ荒療治。病気より治療で命を落とす人のほうが多かったのではなかろうか。薬を服用して具合が悪くなっているのに評判や医者の言葉を信じてしまうのは現代でもあることなので、笑っている場合ではないかもね。

 

夜波の鳴く夏/堀井拓馬(2012/8)

夜波の鳴く夏 (角川ホラー文庫)
「夜波」と名付けられた人を不幸にする絵画を利用して、人間に恋をした妖怪「ぬっぺほふ」が邪魔な人間を排除しようとする。読み始めはぬっぺほふがかわいい風に描かれていてはずしたかな、と思ったのだが、3章あたりから同時進行の時間軸を登場人物それぞれの目線から描く構成になってきて、本気だしてきた。ポップな表紙とはうらはらに、人間の業や狂気、人ならざるものの残酷さを描いた本気のホラー作品であった。こういうの好き。

 

白昼夢の森の少女/恒川光太郎(2019/4/26)

白昼夢の森の少女 (角川ホラー文庫)
恒川作品を網羅したい人向け短編集。デビュー以降本に収まらず埋もれていた作品9編とアンソロ収録作1編。書かれた時代や掲載媒体はバラバラ、作風にムラがあってまとまりもない。そこは著者もわかっていて、読者が混乱しないよう、あとがきに作品解説をつけている。短編集としてはかなりいいと思うけれど、いつもの幻想世界を期待して買うと損した、となるかもね。個人的には恒川さんぽい作風の「古入道きたりて」「銀の船」、ホラーテイストの「傀儡の路地」がよかった。ドールジェンヌが出てきてから昼間読んでいるのに背筋がざわついて仕方なかったよ。

 

イグナシオ/花村萬月(1991/12/1)

イグナシオ (角川文庫)
原題は「聖殺人者イグナシオ」。修道院と性と暴力という萬月作品おなじみの設定は安心感がある。初期作品だからか展開は粗削りなものの、素直に書かれていて読みやすかった。殺人者で修道院出身など、ゲルマニウムの夜の朧と重なるところは確かにある。暴力衝動の属性が違うので、読み比べるとおもしろいかも。俺の嫁に中田氏しがちな萬月作品、現実味のあるフツーの女性が登場してきたのは意外だった。